衝撃ニュースシアター
衝撃!!世界の日本の事件

科学の教室の付録をまとめてみた!!どんな付録があったの?最初の付録は?

出典:「学研の科学」50年史

 

4月24日の「奇跡体験アンビリバボー」

で、雑誌『科学の教室』が300万部も

売り上げる雑誌になったのか、その一発逆転

のストーリーが紹介されます。

 

この話について、調べた時に

「科学の教室」の付録の凄さに驚いたので

どのように付録が進化していったのか?

最初の付録はどのようなものか?

についてまとめてみました。

 

スポンサードリンク

科学の教室の付録が凄い!!

 

1963年から、科学の教室では付録

付け出しました。

 

付録を付けた目的は、科学の持つ面白さが

実験や自然観察にあるからだと気付いたからです。

 

「科学の教室」最初の付録とは?

 

最初の付録はこちらです。

出典:「学研の科学」50年史

 

最初の付録では、3年の「水さいばいセット」

が一番苦労しました。

 

予算の問題で、クロッカスの球根をまとめ買いして

安く仕入れる必要がありましたが、球根の数が足りずに

園芸店の力を借りて、何とか球根を集めたようです。

 

世界で初めて、雑誌に付録を付けたので

ノウハウもなく、非常に苦労したようです。

 

スポンサードリンク

「科学の教室」付録の進化

 

「科学の教室」付録は、時代と

ともに進化していきました。

 

初期:編集者手作り時代

 

このように、実験道具がそのまま

付録としてついていました。

 

出典:60年代 学研の「科学」と「学習」のふろくの研究

 

まだ、販売体制や輸送体制、

雑誌本体との兼ね合いもあったため

付録を付けるだけで精一杯だったのだと

思います。

 

スポンサードリンク

中期:プラスチック加工品時代

 

付録をプラスチックで加工する

時代に入ってきました。

 

「ポケット顕微鏡」

 

「ゲルマニウムラジオ」

 

 

 

 

このころになると、編集者だけで

付録を作らずに、デザイン事務所と協力

して、作るようになっていきました。

 

スポンサードリンク

後期:付録のおもちゃ化

 

後期になると、「科学の教室」

付録のアイデアを考える部門が

独立化されます。

 

そして、付録も子供が興味を持ちやすい

おもちゃのような名前になっていきました。

出典:科学のふろく制作裏話

 

スポンサードリンク

「科学の教室」の付録のまとめ

 

「奇跡体験アンビリバボー」

放送される「科学の教室」の付録について

調べてみました。

 

現代の雑誌の走りともいえる雑誌の付録が

どのように進化していったのか、非常に

興味深かったです。

 

1:初期は手作り

2:中期はプラスチック製

3:後期はおもちゃ化

 

という流れで変化していったようです。

 

 

中川浩「科学の教室」編集長については

中川浩(科学の教室)の改革とは?学研のおばちゃんはどうなった?廃刊理由は?※追記 4月25日 4月25日の「奇跡体験アンビリバボー」 で雑誌「科学の教室」を300万部を超える 大ヒット...