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伊藤納豆店(下仁田納豆)に茂木稔(三之助とうふ)がした行動とは?その理由は?【アンビリバボー】

1月31日の

「奇跡体験アンビリバボー」

で【廃業寸前からの奇蹟の大逆転】

として群馬県の伊藤納豆店(下仁田納豆)が特集されます。

 

そこで、伊藤納豆店(下仁田納豆)

について調べてみました。

 

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【アンビリバボー】伊藤納豆店(下仁田納豆)は廃業寸前だった。

 

伊藤納豆店は、伊藤幸夫さんが

始めた納豆店です。

 

それまで10以上の仕事を転々と

していたのですが、長男の

誕生を機に、伊藤納豆店を

始めました。

 

しかし、伊藤納豆店は

廃業の危機に陥ります。

 

原因は、街の人口減でした。

 

地域密着で営業していた

伊藤納豆店は人口に比例して

利益が落ちていったのです。

 

その話を聞いたときに

「ちょっと待ってくれ」

言ったのが
長男の南都隆道さんです。

 

南都隆道さんは、父親に対して

「自分の家の納豆の味を無くしたくない!どうせ廃業するなら自分にやらせてくれ!」

と続けました。

 

そうして、2代目として

南都隆道さんが後を継ぐ

ことになったのです。

 

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【アンビリバボー】伊藤納豆店(下仁田納豆)南都隆道と茂木稔(三之助とうふ)との出会い

 

伊藤納豆店

下仁田納豆と名前を

変えてスタートします。

 

しかし、上手くは

いきませんでした。

 

・営業は相手にされない

・値段を下げても売れない

 

という八方ふさがりの状態だったのです。

 

 

そんなときにスーパーで

1丁300円で飛ぶように売れている

「三之助とうふ」を見つけました。

 

南都隆道さんは、

一縷の望みをかけて「三之助とうふ」を作っている

「もぎ豆腐店」の茂木稔さんに会いに行きました。

 

茂木稔さんは、南都隆道さんに対して

 

「君はこれからどういう納豆を売っていきたいんだ」

と問いかけました。

 

南都隆道さんは安くていいものを

売るために努力していると

答えると…

 

茂木さんは

 

「帰れ!!」

 

と茶碗のお茶を南都隆道さんに

ぶっかけたのです。

 

 

「君は自分のところの納豆屋を潰したくないから家業を継いだんだろう。売価を自分で決めることは商売で一番、大事なことだ。それなのにどうして、そんなプライドのないことをするんだ。自分の商売に誇りが持てないならさっさと辞めたほうがいい」

 

 

茂木稔さんは、自分の

豆腐に誇りを持っており

特に、材料の大豆に

こだわりを持っていました。

 

そして、安い大豆を

使っていた隆道さんに

うちで使っている大豆をわけてあげるからそれで納豆を作って売りなさい

と提案したのです。

 

しかし、茂木稔さんの

大豆だと200円で

売らなければ利益は

出ません。

 

もぎ豆腐店では

一丁500円でも

売ることが出来ますが

南都隆道さんには、

自信はありませんでした。

 

なかなか決めかねないでいると

 

「それなら俺が売ってやるから、毎日つくれただけもってこい」

そう言ってくれたのです。

 

 

その大豆で作った

納豆を茂木稔さんに

下すことで

南都隆道さんは、

経営を安定させることが

出来たのです。

 

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【アンビリバボー】茂木稔が伊藤納豆店(下仁田納豆)南都隆道にしてくれた行動とは

 

茂木稔さんのおかげで

経営が安定していた

伊藤納豆店(下仁田納豆)

ですが、

 

 

突然、茂木稔さんに

「うちはもういい。君のところの納豆はもう買わない」

 

と通告されました。

 

食い下がったのですが

首を縦にふってはくれません。

 

「今のままじゃ、お前はうちの下請けだ。もっといい大豆はないのか?  どこか売れるところはないのか。自分で探してみろ」

 

 

南都隆道さんは、開き直って

最大手の日本橋三越に持ち込む

ことを決めました。

 

なぜかアポイントは

すんなり取れ、

バイヤーも

快く迎えてくれました。

 

 

実は茂木稔さんは、

納豆を売っていると言って

あらゆるところに

サンプルを送っていたのです。

 

『そのうちそれを作っている若い奴がちゃんと挨拶に行くからその時にはどうぞよろしく』

 

 

他の店でもバイヤーから

歓迎を受け、販路の拡大に成功しました。

 

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【アンビリバボー】なぜ茂木さんは伊藤納豆店(下仁田納豆)を助けたのか?

 

南都隆道さんが茂木稔さんに

お礼を言うと

 

「結局、商売も人生も人との繫がりなんだ」

 

「別にお礼を言われるようなことじゃないんだ。君が今度、 同じように志のある作り手を見つけたら同じことをしてあげればいいから」

 

出典:燃える豆腐日記【豆腐道とうふみち】

 

このように見返りを求めなかったのです。

 

 

茂木稔さんは

南都隆道さんに商売の基本を

叩きこんでくれました。

 

「君のところの室にはネズミがいる。退治してこい」

 

電話がこのようにかかってきたのです。

 

南都隆道さんは、

伊藤納豆店(下仁田納豆)の工場で

ネズミを探したのですが

見つかりません。

 

直接出向いて質問すると

 

南都隆道さんの作った

納豆の三角形を指さします。

出典:安心堂

 

 

三角形の頂点が欠けていました。

 

南都隆道さんは、手作りを

理由に言い訳しますが

 

「なに言っているんだ。豆腐の角に頭をぶつけて死んじまえっていう言葉があるが、うちの豆腐は角が立っているので死ねる。それぐらいの気持ちでつくっているんだ。安い豆腐なら角が欠けていても許される。でも、値段をとるなら駄目だ」

 

 

商売に誇りを持つという

ことは、妥協を許さない

ことだと伝えたかったの

かもしれません。

 

 

茂木稔さんは、南都隆道さんに

「恩返しより、恩送りだよ」

伝えます。

 

受けた恩を自分に返すのではなく、同じ志を持った後輩たちに送っていく

 

 

商売だけでなく、

人として大事なことも

茂木稔さんから教わったのですね。

 

「恩を送る」

 

これは、人間として

成熟しないとできない

ことだと思います。

 

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まとめ

 

南都隆道さんの師匠である

もぎ豆腐店の茂木稔さんは

2013年に亡くなりました。

 

南都隆道さんは、全ての予定を

キャンセルして駆け付け、泣きました。

 

 

南都隆道さんは、

茂木稔さんに言われた通り

中小メーカーの相談にのったり、

問い合わせがあれば、快く受け入れて

恩を送っています。

 

茂木稔さんの教えを、伝えることで

茂木稔さんの存在を皆が忘れないように

しているのではないでしょうか。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。